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019 寡黙な男・生田さん

last update Huling Na-update: 2025-06-02 17:00:08

「東海林医院で働き始めた頃。お前は張り切って、いつも夜遅くまで患者さんのカルテに目を通してた。

 患者さんって言ってもこんな小さい街だから、ほとんど顔見知りだ。お前、いつの間にかこの街のみんなの健康状態、把握してたもんな」

「……私はこの街も、この街に住むみんなのことも好き。だから私は、私が出来る精一杯のことをしようと思ってた」

「おかげでお前は睡眠不足が続き、注意力も散漫になった。そんなある日、お前は岡田さんの薬の処方を間違えてしまった」

「……」

「お前を知ってる俺からしたら、ありえないミスだった。低血圧の岡田さんに降圧剤を処方したんだからな」

「……処方箋をチェックしてて、頭が真っ白になったわ。処方箋から目が離せなくなって、その場から動けなくなった。

 そんなことしてる場合じゃない、すぐ連絡しないと大変なことになる。そう思ってるのに、何も出来なかった。

 父さんがそんな私に気づいて処方箋を見て、慌てて連絡してくれた。岡田さん、もう既に夜の分を服用してたけど、特に異常はないみたいだった。車で岡田さんの家に行って、お父さんが処置してくれたから大事に至らなかったけど……私は謝ることしか出来なかった」

「……」

「間違いは誰にでもある。ミスをするのが人間、それは分かってる。でもね、私たちの仕事は、小さなミスが取り返しのつかないことにだってなるの。人の生死に関わることなんだから。

 あおいにそんな思いをさせたくないの。だから……だから、私……」

 そう言って膝に顔を埋め、肩を震わせた。

 そんなつぐみの肩を抱き、直希は囁いた。

「分かってる。分かってるよ、つぐみ」

 * * *

 夜。

 食堂で、直希はいつもの様に入居者たちの健康ノートに目を通していた。

 このノートには、入居者たちの年齢

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